2018年11月12日

二人展終了とお礼のご挨拶

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11月11日、二人展の最終日でした。おかげさまでぶじ終了しました。

宮崎さんのまなざしがわたしのまなざしにうつろそのまなざしがI先生のまなざしにうつる。誰かのまなざしにうつる。ひとりの、名前のある命が放っているまなざしを描き、見た方が眼でそれを受け取ってくれる。これは、凄い事だったのだ・・と気がつきました。

もんやりと感じたことは、今回は、描くわたし自身を見て頂けたような、宮崎さんの人形を通して、絵、絵を描く私 をみてもらえている感覚が久しぶりにというか、はじめて ありました。多くの方が宮崎さんの人形の作品集も見入っていました事もとても嬉しかったです。二人展で、内藤さんのまなざしとの共振でもあり、刺激を受けました。また、痛みや重さから開放された視線からか、欲しいと思ってもらえた流れもありました。

改めて後日、頂いた感想を振り返り反芻させて頂きたいです。この度は遠方も含め、たくさんの方にお越し頂きました。みなさま、本当にありがとうございました。

鎌倉二人展で頂戴した感想を、在廊出来ない日に書いて頂いたメモを含め、まとめさせて頂きました。

・m1は余白が多い。だから入れる。風景画を想起させる
・リアル感がPC上とはちがう。オマージュ上に山内さんらしいエネルギーがビューとでてきていた。そこがおもしろく、よい感じでした。自分の抽出できるものがよりみつけていくと楽しみですね。
・福島の人へのオマージュか
・丸木美術館のやられちゃった感、悲惨さがぴりぴりしている絵を思った
でも破れているから、マットな丸木夫妻の絵よりさらにぴりぴり感が増す感覚を覚えた
・大きな絵でも溶け込む絵、空間、丁寧さがここまであると良い
・人と人との対話。まなざしとまなざしの連鎖
・舞台をやっているが、もっと人体の表現、顔だけでなく手や身体によっても表現してほしい
・和紙が切れている感じがもっと意図的でないともっとよい。
・白くぽーっとしたものがあると楽になる。羽、トリ、抜け感、そういうものを意識するとよい
・絵はつくりものだから、もっとつくるとよい
・口もとがもっときゅっとしまっているとよい
・余白がもっとあって周りが白がよい
・日本画の、ます目をつくって正確に、計画的に描くやり方もある
・山水画、空想世界という南画、理想郷的な世界もある。花鳥画とは違う
・ヨーロッパ画の輪郭線がない、面とマッスで線を消滅させるより水墨画は線の世界。
・ケーテコルビッツが好きだから、似ている
・気配が宿っている。消化していれば、きっと大きくしても大丈夫。
・顔は俯瞰できる、客観視できる牧場と違って、スイッチが入る。
・意図するものより上をやる。牧場にいれちゃおうとすればよいのでは。試しはいらない。やるか やらないか ではないか。
・皮膚が破れていたいように感じる
・細胞 日々の生まれ変わり
・人物にメッセージを隠喩するのでもよいのではないか
これは大地を隠喩しているように見える
人間としてではなく大地を見ているよう。色かな?
・ウラジオストックとの交流について
・除染したような無機的な大地
・うつろう影が出ている 二つ描く。二つが影が鳥になって綱渡りして世界がうつろう感覚
・答えのない夢世界的なものがあってもよいのではないか



posted by 若菜 at 16:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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