2016年08月30日

核の傘より平和の傘

一昨日、戦争について、牧場についてを語り、歴史を振り返りたくなり、日米安保条約についてもう一度調べてみました。学習メモと思った事です。
日米安保条約とは簡単に言うと、1960年1月に、アメリカ占領軍がそのまま日本に駐留することを可能にした1951年の制定に、引き続きアメリカ軍の基地の提供について自由に使用してもよいという条約〔6条〕などで、日本に自衛力の増強〔3条〕や共通の危険に対処する行動するという日米共同作戦の義務〔5条〕経済面での対米協力〔2条〕が加わったものだそうです。
経済面での対米協力〔2条〕がなければ、地震大国の日本にこんなに原発をつくらなかったともいえるのでは?
原発、加圧水型原発はアメリカの会社が開発した技術を受け三菱重工業がつくっていて、沸騰水型原発もアメリカの会社が開発し、東芝や日立製作所が技術提携して作っているそうです。黒いお金で密接にアメリカと日本でつながっていて、2030年原発稼動ゼロを目指す閣議決定を回避しなさいと米政府側が内閣に要求したり圧力もあり〔東京新聞より〕原発稼動ゼロ決定をしようとすると安全保障上の協力関係が薄れることを恐れてかなりの圧力が加わるそうです。
だけど大切なことは、日本側の意思だけで安保は廃棄できるという希望です。
条約を終了させる意思を他方の国が通告したら、その1年後には条約は終了する、という期限条項があります。
アメリカの合意なく、日本が安保なんていらないって言えば、1年で終わりにできる。
核の傘なんて断って、平和の傘をアジアの、世界の国のみんなとさしたいです。それが温故知新かと。
ジュゴンも守れるかもしれない。高江のヘリパットで見せしめのように警官が権力を振りかざし弾圧し、日本の税金をつぎ込めるのも根底に日米安保があるからでは?と。原発核燃料サイクルを断ち切ることが言える人を政治家に、市民パワーで押し上げられたらよいなあと。
被爆牛を飼い続ける希望の牧場だって、みんなの寄付をインターネットで集められているし、吉沢さんのお父さんはシベリアに抑留し強制労働をさせられた、その代々虐げられてきた不屈の魂もメラメラしている。若い人がサポートでたくさん関わっていて丸木美術館に来てくれて一緒にお茶を飲めた事も思い出しては感動しています。
日本政府は、思いやり予算や沖縄の人を弾圧する事ばかりで高額なオスプレイを飛ばし、権力側に優しく市民側に優しくない。「日本人は熱しやすく冷めやすい。原発のときも、わっとなって、すぐ忘れてなかったことにしちゃう国民性がある」と吉沢さんも言っていました。牛と一緒に叫けぶ。原発をなくす核廃絶のためにも怒りの火は絶やさない姿は、カリスマ的な人です。
本日は、日米安保について、牧場の歴史や原発の問題と織り交ぜて考えていきました。平和の傘と核の傘の落書きをしました。

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平和の傘
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核の傘 漫画
posted by 若菜 at 21:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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