2016年08月29日

昨日のシンポジウムで聞いたこと、思ったこと。徒然に長々に。

昨日、こんな風に描きたい、とおもったこと。生への生っぽさ、命の性的な刺激や連想させるようなものがあって、牛の性器や肛門がひくひくしていて、その後ろから、「た、大変なものを見てしまった」と覗き見るように作者がいて、その全体を描くこう。
200頭以上の牛をかたまりであって、一頭の牛のぬめり気を帯びた生きるあかしのような行為がある。
お金にならない牛を生かしている、そのたくさんの痩せているけど美しい牛がいる、牧場主が毎日餌を与え殺処分させずに、生かし続けている絵を描きたい。無駄な命なんてない。それは常に心にあるけれど、絵の前でまたもう一度反対の言葉を提示することはないかもしれない。美化するではない、私なりの牧場が出てきてほしい。これから食べるシーンを盛り込みたい。汚染牧草ロールを食べて糞をする。糞も汚染しているが、少なくなっていると言っていた吉沢さんの言葉を思い出す。牛のお腹の中に放射性物質が凝縮してあり続ける。でも細川牧場の馬みたいにバタバタ死なない。牛はやっぱり凄いし、生き続けてほしい。

すみません、シンポジウム中に何を、という感じですが、いつも作品に結びつけてしまいます。昨日は「どうする?どうなる?鎌倉近代美術館」シンポジウムに途中から出席。神奈川近代美術館の歴史とその閉館の動きと闘ってきたみなさんのお話を聞き、自分も弱い声でもあげていきたい、と思いました。
今回は作家の首藤教之さんが、戦中、戦後の絵の変わり様や流れ、歴史の怖さなどを自分の海軍の絵や空爆の絵と一緒にお話してくれました。
平和な家などを描いていた戦前から、たたかう様子などに興味が変わり、軍機や飛行機などが細かくどんどん主題に。でもその頃は不思議とも思わなかった、自然に描いていたとのことでした。私は美しく描く、そのままを自然に描く事が、実は戦争画、美化画につながる恐れを感じました。
その中で、戦争をするのは本能か?など意見が出て、数を減らす考えがあることを発言する人もいました。生まれたときから平和の魂は持っているか?という意見も。昔に生きてもこんな作品を作れていたか?と。
反対という主張があるものは逆に利用されやすいことを知り、気をつけようと改めて感じました。

私は、戦争は決して人の本能なのではない、ルールなく向かう大きなお金の力が戦争に向かわせ、お金が人より主人公になっているからだと思っています。原始時代の人とは違う。進歩し道具を作り出し平和憲法を持って、これからは個性がそれぞれの命が、主人公になるのです、と思っているのでした。その人らしいやり方で力を発揮できるような世界になってほしい。非正規労働の人や、弱い立場で声も消される人は、今みたいに退職金もなく老後は厳しくひもじい毎日が待つと思うとビクビクしている。
今、若い世代は弱い人に共感でき、世界と連帯したい人がどんどん増えてきている時代、やさしくて癒し系、そんな男女が多いのではないか、貧困女子を攻撃するような弱い人どうしたたきあうのは一部で、大多数は優しく人の傷に共感し、涙する強さを持っている。だけど社会より自分の生活にせいいっぱい、苦しい労働状況で余裕がない、もともと関心がない、子どもができれば預けられない。よい仕組みも声をあげないとどんどんなくす様な社会の仕組み、大企業が際限なくお金もうけを貪れるような、自衛隊員が1秋から南スーダンで少年兵に武器をむけたりするようなひどい状況の今を止める為、平和のために、平和憲法を守る運動や、命を叫ぶ運動を。逆流より進歩へ。個性を発しながら、お金重視の力が切捨てようとする命の素晴らしさを叫びたい。
ゆるこやのおかみさんは〔生きることに元気をもらえる、エネルギーをもらえるもの〕が芸術だと意見を言ってくれていました。
1回でも戦争を経験した個人がいる社会のうちに、その経験を伝えていくことができれば、個人の力があれば大丈夫だと、似顔絵を描いた、この作家さんが言ってくれていました。
誰かが鶴岡八幡宮は戦争時代の戦争色をぬりかえるべく建てられた歴史の意味を教えてくれ、それなら今、また新しい鎌倉近代美術館が平和の色に、また復活してほしいと。
戦争の時代の教訓を引き継いで、想像力を働かせ、絵を日々描きましたながら前項みたいに作品へと遺伝、入魂させていきたいと、改めて思っていたシンポジウムでした。


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首藤さんの絵。当時描いた空爆の様子の絵

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戦争画の絵本

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伝授、個性を語る方を描きました
posted by 若菜 at 16:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月28日

空気の表現

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私にとっての表現、見たままの感じを探る。丸木夫妻の美しい空間の中に事実の火傷やリアルさがあるのを思い出す。常に発見しながら次に進歩し続ける事を楽しみながらしたいけど、自然に線に偏るくせがあるで、面や色が後退しているのをわすれないようにしたい。楽しみは目を入れるように後がよいみたいです。

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手数は紙では濁りを誘い、私の場合そこからの作業は素材のよさを見えなくする事につながるみたいです。手数よりズバリなる選択を失敗から学びたいです。昨晩から大きいの何十枚ダメにしてばかりな人の反省ブログとなりました。



posted by 若菜 at 10:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

開く牧場


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開く牧場

中には、
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男が入っています
毛ムクジャラを生き物みたいに、いまある身が実は拡大して遠くにあるのを発見したり、大きめの対象の中に新鮮な発見が馴染むようにしたいです。


posted by 若菜 at 21:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする