2016年04月14日

「牧場 山内若菜展」4月9日、最終日の細かい感想とご意見

「牧場 山内若菜展」4月9日、最終日の細かい感想とご意見の続きです。

4月9日、最終日の細かい感想とご意見などを書かせていただきます。この日は、福島県南相馬市から埼玉県の入間に避難されているとのお話の、nさんご夫妻も丸木美術館にもお越し頂けました。「東京新聞に出ていたね」と新聞を見て来て頂けたんだなと思っていましたが、そのうちに埼玉に避難してきたことを教えてくれました。
「避難してから2年間、ずっと放射能、チェルノブイリの勉強をして、本はすべて読んだ。それこそ、読み漁った。すべて読んで何がわがったかっつうと、傷つけられるのはいつも市民だということだ。弱いもん。どこでも同じだ。いらねえってなるんだ。隠されて。意見もいえなぐさせられて。」「私は、東京まで出て行こうとしても、そんなに仲の良い同年代のお友達も知り合いもいないし、遠くへいけない」と奥様。そして旦那さんは、時々、印象的な表情をします。南相馬市に住んでいるとき、原発作業員だったと最後に言ってくれました。
「おれらはもう被曝してもいいけど、墓場しか待ってないけど、これからの若い世代は大変。動物の悲惨さを、たくさんつくっていって欲しい。」「家族で娘と避難してきたから、私たちだけ、孫の成長を見ていけるのが申し訳なくって。見たくても、見れない人もいるのにね。本当に申し訳なくって・・。」避難できていると口に出して言うのも、はばかられるという奥様の手がみるみる小さくなっていくように見えました。その時、原爆の図の部分を思いました。

そして、同じ9日の午後に、福島県の郡山市から、丸木美術館へお越し頂けた渡辺さんご夫婦、3.11の前から興味をもっていただいていて、中和ギャラリーに来ていただいていて、やっと、お会いできました。
「あなたがこうやって、最初からおもしろい絵を描く人がいるな、ってネットで見ていたけど、まさかこういうのを、福島を描くとは思わなかった。」前回、牛の絵を買ってくれて、また絵を買ってくれました。差し上げたいというとだめだめって言ってくれて、優しいご夫婦にウッとなっている中、「応援しているから。これからも頑張ってくださいね。来れるときはきます」と言ってくれ、その後、原爆の図をじっと見ておられました。

また、知らない福島に住む方からも電話があり、激励頂きました。

牧場主の細川さんは、病気が悪化した奥さんが倒れ、離れられず、来れないとのご連絡でした。心配ですが、今度はいつ来るかい、と繰り返し聞く細川さんでした。私の訪問が、絵を描く描かないに関わらず、待ちどおしいと思ってくれているようでした。

丸木美術館に電話があり、電話をしてください、話があるそうだという福島県在住の方に電話をかけると、電話口で、感動した、うちをアトリエにすると良いよと言ってくれ、労組新聞を見て、話がしたくて、と教えてくれました。まだまだ線量は高いし、郡山市にも立ち入り禁止場所はあるし、自殺する人が増え、作業員は増えた、と、思いをぶちまけてくれました。福島原発をつくるとき、反対署名運動をみんなでしたのに、全く無視され、後は勝手にどうぞだと、責任をとらないと。「話せて良かった。ぜひ、福島県で展示をやってください」と言ってくれたようだった。かなり年配の方、熱い思いがフツフツしていました。福島で、見てもらいたいです。

芸術監督、彫刻家の小野寺さんが、絵の具が見えない。絵になっているのが強みだ。ステンレスを貼り付けるとステンレスの素材が見えてしまう。それがないと、感想を頂きました。そして距離感のお話。絵の醍醐味は距離感だと。自分と絵との距離感がそれぞれに楽しめる、定まっていない、それぞれが楽しめる魅力があるのだと。原爆の図と比べて比較もしていただき、色々なヒントを頂きました。そのとき、和紙のアーティストの方が、すごい作品をみせてくれました。和紙の可能性は大きいです。

労組のOBさんも、新聞をみた、と言って頂き、ちょっとした話題になっているよ。みんなに見せたいから写真を撮って欲しい旨言われました。

ロシア語の通訳の方に偶然知り合え、とても喜んでもらいました。
その時お話していた従兄弟の息子さんもロシアにこれから留学するとのこと、その時の空気が、ホワンとロシアつながりの休憩室となりました。

芸術家によるワークショップの企画、実施しているというARDAのTさんは、とても興味深くすべてを見ていただき、若い彼女と話がゆっくりと弾み「声をかけてください。運動など、何をしていいのかと。何か、できたらと思うので」と言ってくれました。

長くじっと見てくれていた、若い男性と目があいました。実は、読売新聞の本社の方で、とても飯館村のことに詳しいので聞いてみると、実は3.11事故時、福島の飯館村の保安していたという新聞社科学部の方でした。「すごく、良かった。すごく、わかります。長く見ているとみえてきます。今回はちょっと最終日で遅かったけれど、また、みせてください。お知らせをください」と言ってくれました。オープニングの時に埼玉の読売新聞記者の方も記事にしたい旨取材してくれて、記事にはならなかったみたいですが、読売新聞記者さんが、若い記者の方々二人は、興味を持って頂き、記事にしたいと思ってくれたみたいだと感じました。

オーストラリア国際大学の彫刻家や教授の方が二人来て、英語の翻訳を渡すと喜んでいました。そして写真をたくさん撮ってくれました。じっくり観ていただき、たくさん聞かれました。
福島の動物の異常のことなどは、オーストラリアでまったく知ることができないそうです。身近な作品であって欲しいという思いから、展示の時は写真ok、発表ok、とこれから書いておこうと思います。みなさん、迷うみたいでした。みんなに撮ってもらえたら、知って触ってもらえたらと思っていますので今後は聞かずにいっぱい撮ってくださいませ。

最後のお客様は、武居利史さんに来ていただきました。藤沢市の30日美術館を担当されているそうで、藤沢市つながりで、アートスペースも担当者の方の名前も知っていてびっくりしていました。つながっているのだなあと。見れて良かった。と言ってもらえました。POST311展の作家さんとお知り合いとの事でした。武居さんが書かれた、岡村さんの「原爆の図 全国巡回」の記事を読ませて頂き改めて、自分の今回の展示を振り返りました。

濃縮日、9日のご意見ご感想でした。

10日、同時開催「POST311 光明の種」展、みなさまの澄んだ目が忘れられない搬出日でしたご一緒に展示させて頂き、同じ時期に開催させていただけたこと、皆様と一緒に展示させていただけた事は決して忘れがたい大切な記憶となっています。「また、会いましょう」とみなさんで言ってくれたときの目が、ひときわきらっとしていました。まぶしいのでした。

9.10日の感想を終わります。みなさん本当にありがとうございました。
image-7e2fe.jpgimage-b5aa6.jpgimage-bf7b1.jpgimage-60f8a.jpg
posted by 若菜 at 15:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

丸木美術館での牧場展、会期終了

昨日丸木美術館の展示期間が終了し、本日搬出が終わりました。みなさま、本当にありがとうございました。 昨日は濃縮日でまた明日、出来事のご報告や感想、感謝の御礼をお伝えしたいです。様々な方が支えてくれた事、様々な方に知り合え、396人の方に記帳して頂きました。様々な方が会場で混じりあえたような感じがする事もあり福島県からわざわざ来て頂いた方や地元の神奈川県から、他遠方から沢山の方々にお越し頂き、何度も泣きそうになりました。昨日は運動の友人であり結婚の絵を描かせて頂いた二人が生まれた赤ちゃんを連れてきて、この子が最初に訪れた美術館が丸木美術館で嬉しいですとお知らせが。まるで会場から私も一緒に生まれたみたいな気持ちの最終日でした。反省もたくさんありますが、今日は搬出も無事終わりガランとしていました。寂しいけれど生むのはこれからなんだ、と思っています。本当にありがとうございました。image-9613d.jpg
posted by 若菜 at 15:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月05日

4月2日、3日

4月2日、3日にお越し頂いた方の感想、印象に残った事です。イラストにしてみました。左側土曜日、右が日曜日。写真を撮らせて欲しいと頼むのをいつもわすれてしまいます。あと5日間かと思うと寂しく早かったと感じつつ、4月9日土曜日まで展示中です!最終日の9日はおります。

4月2日、デザイナーのIさんが来てくれ、Iさんは声のない小さい動物をバッチにしている仕事をされている。
今回楽しみにしてきた。来てよかった、と言ってくれました。
人間目線だと利益が含まれてしまうけど、小さい動物や虫から見た原発反対もあっていい、だから猫のバッチなのだと。一緒にいらした建築設計の社長さんから、壁のつくりに対しての絵としての難しさを相談した。素敵な意見を頂きました。白が出すぎて飛んでしまった、と失敗を話しました。

渋川市の学芸員主査の方もみえ、作家さんとの深い付き合いを話していただいた作家の方と学芸員の方は、すごく近くて同志であってはじめて良い展示になるのだろうなあ、と感じました。そのお父さんの大学の先生の方が、甲状腺がんが明らかにおかしいと言って激しく話して頂きました。

栃木の方も多くみえ、有名な展示をされたという小勝さんやさまざまな美術館関係者にもみていただけました。ロシアとの文化交流を詳しく聞いて頂きました。

じっと長いこと見ていた男の方に声をかけると、しっかり話していただきました。
「私も画家ではないが、絵を描く者ですが、地震で流されたり、ひどい津波の絵をそのまま描いたりするの違う、半端な気持ちでできない、自分は被災所に住んでないのに、生半可な気持ちで描いてしまうのは、違うと思って私は描けない」
あ、と。吉澤さんが言っていた、反対意見もぜひ欲しいということを。岩手のなにもない世界を描いた時も、何もない大地の統一を感じてそれを描いていた。何かボランティアをしながらそれを描けばいいのではないか、と。一本松を描く事も。ただ描くのが、上からのイメージがしたから、私も同じ思いだった。ただ、汚染、それは、日本にいれば内部被曝を含めみんな被曝している。みんなの問題、私の問題で、牧場主に乗り移ったように描いていたし、牧場主も涙を流して喜んでくれたのを思って思考が右往左往しましたが、石川翠氏の記事を見ながら、素晴らしい誕生日となりました。

4月3日。

群馬の9条の会の18人の方がが早くから来てくれていて、ちょうど牧場の会場にたくさん皆さんがいたので絵の説明を皆さんにし、なんとなく館内も案内することに。朝から団体さまのご案内係のようでした。藤沢市や辻堂文化9条の会の方も来てくれた事、運動と美術関係者の方両方が溶け合うような絵にしたい旨を言ったら、とてもわかると言っていただき、説明がとても喜ばれたので今回はどもらず、はっきりゆっくり説明することができました。
たくさんの方々にみていただけてうれしい!説明もうれしいと思いました。変われば変わるものでした。
がんばって!自分のためにやっているようなわからない絵を見ても独りよがりにみえる。私たちは、現代、今がんばっているあなたを応援するよ、と会の代表の方が言って、ミニ絵を買ってくれました。
丸木夫妻の版画を持っているんだ。あなたのをその隣に飾るよと言って握手し見送りました。素敵な団体様でした。これから川越街歩きするというツアーを、前橋のその地区は企画しているとのこと。朝から会場にいることは大切なことなのだと思ったのでした。

ツイッターで中和ギャラリーで知り合った上野さんの紹介で3人の若い方が来てくれ、みんな、じっくり丸木美術館の絵と牧場の絵をみてもらえました。
「牧場、すごい、ガアッときます。イメージがわかります。これから希望の明るさが出たり、部屋一面牧場もやってみてください。見たいです。色があるからこの黒がイキイキしだしたりして。」
「僕は丸木夫妻の下の原発の絵はや南京大虐殺の絵、好きじゃない。牧場のが好きです。左翼とか、そういう、、。」
「主義主張を感じる?おしつけがましさ?」それ。それ。
「おしつけがましさがあって、苦しくなる。」自分もそう、となり、「南京大虐殺って、あるかどうかもわからないって、教わってきた。
なのにあんな、あったんだぞ見ろって言われて拒否されてしまう」と。
そしてその時お越し頂き素晴らしい意見を頂戴した近藤さんに、いろいろ二人して教えて頂きました。とても勉強になりました。すみませんリンクやシェアさせて頂き、二重には書いていませんが、岩手のボランティアでお世話になった阿部さんご夫妻とのやりとりもとても四年半前を思いおこすよい機会を頂きました。そして、近藤さんのご意見、分析して頂いたことが頭に残った週末でした。ただ、細川牧場の細川さんにまだお越し頂いてないのです。奥さまが倒れてしまったそうで心配ですが、細川さんに見て欲しいのです。
image-6ff7b.jpg
posted by 若菜 at 16:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする