2015年12月22日

二つの牧場、二人の牧場主


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私が描く二つの牧場、二人の牧場主は、全ての面でと言って良いくらい全然違う。違うけど、どうしても絵の中に二人が必要だと思えるのです。色々な立場、色々な考え、顔の向きある中。私が住む神奈川県の原発が、たとえば横須賀原子力空母が大爆発したら同じように棄民されるだろうし、今も神奈川から大阪沖縄に避難している人が実際いる。私含め、叫びをあげ牙をむける先は同じなのではと。それぞれの大切な歴史や思い、事実には答えがわからない混沌さがあり、叫び、手探りしながら辿りつく先に私自身が見たい絵が待っているのではと思いながら、手が自然に二人の牧場主を出していました。隣同士無意識に。誰の絵でもない、私の絵なんだと、消さないで今日はドアを閉めました。
posted by 若菜 at 06:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

なんとか立たせる細川さん

細川牧場の死んだ馬たちはみんな同じ症状、足の痙攣、膝の異常から始まり、歩けなくなり食欲が落ちる。大きな馬にはブルドーザーまで使って立たせようとする。立てなくなるとそのまま死んでしまうから。検査は保健所でほぼ異常なし、栄養も与えているし伝染病ではない。エサはアメリカ産。安楽死させる事になった馬を解剖しても不明のまま。ロシアの放射能に詳しい研究者が、チェルノブイリのときも同じような馬や牛の異常がみられたが、細川牧場の異常ほどではない、と言っていた。

この症状を、膝がガクガク震える馬をなんとか立たせようとする細川さんを、なんとか表現したい。
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posted by 若菜 at 21:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

希望の牧場、吉沢さんのお父さん

希望の牧場の吉沢さんお父さんの吉沢正三さんは、シベリアに3年間抑留され、過酷な強制労働のあと牧場を開拓した。「無から有を得る」という言葉を継いだ吉沢さんは、絶対にこの土地を離れてはならないと思ったという。今は丸木美術館の展示しか考えられない。ただ、有へ友好へ、絵がつないでくれる予感が少しした。お父さんの無念の思いを吐く牧場主を描く。image-b969f.jpg
posted by 若菜 at 11:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする