2015年10月15日

あやうさのある人と牛の共存

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牛と人を、人が牛を生かしている感じを出しながら、一体となる、強さでなく、あやうさのような弱さもあるデッサンを描く。人の足が牛みたいに、牛の前足は人みたいに灰色な世界の絵や立体を作りたい。
獣姦はキリスト教では最も罪な事の一つらしいから、そのあやうさは排除すべくそこだけ気をつける。無意識に人を傷つけるのに気をつける。(先ほど文字ミスをブログでは直せず消してしまい、いいねのお気持ちを頂きながらすみません)

posted by 若菜 at 13:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

這う生き物

牛らしさを無くしても生かすのは辛い。被ばくした牛は、本来いないほうがいい。川内原発2号機も再稼働し始める中、牛が牛でない存在を残ささざるを得ない、死を間近にいつも感じざるを得ない人がいる事を見て欲しい気持ちでつくる。
立つ牛らしさ原型、存在への感動なら巨匠が既にやってる。私は見た福島の牛をどうしたら表現できるか模索。牧場主も私もかいまみれる這あ立つ生き物を。立体は角度によって女になり、主になり牛になる。ただ軸は重力に負けそうで汚くて痩せた、ひどい毛並みのボロボロな子牛。実際はそんな風に骨格がなっていない、おかしいと言われようと、感じてきたを感じて欲しいと模索。左右対称を崩す、を超えて「ガタガタ」。這う生き物。
まずひとめだけ見て欲しい。再稼働しようなんて人達も、まず。人間も牛もすべてがガラガラ崩れようになる。今も続くこの命を見て欲しいimage-af3be.jpgimage-e4df6.jpgimage-930a6.jpg
posted by 若菜 at 07:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする