2015年09月24日

パリ・コミューンの今

自分が作った実感がある絵と違って、社会は機械を使って量産できる。たくさん売りたくて、お金もうけをしていく流れ。
お金お金で人間をたくさん搾取、もうかっている、もうけたい一部の大企業や財閥などは過剰なまでにお金を際限なく膨らます。独裁を支持する。お金もうけに有利だから。つい数十年前、戦前は選挙権もなかった女性。絵なんて描いたって何やってんだバシとかされたに違いない。

封建社会、農民は領主によって奴隷のように搾取させられ、余剰の米はすべて奪われていた。
それが15世紀以降、産業革命がおき、蒸気機関など工場生産がさかんになると、大量にものをつくれるようになり、封建制、荘園を解体し、広域な市場を求めるようになる。それまでの古い制度が邪魔になった。で、生産手段の所有者のもとで働く機械を動かす賃金労働者が必要となり、ブルジョアジー民主主義革命、自由平等博愛の三色を掲げて革命がおきた。でもそれはブルジョア的という限定がつく。お金の少ない人、女性は含まれていない。
そして19世紀半ば以降、資本家階級は、反動的に社会経済生活における平等と民主主義を弾圧する立場になる。不平等は固定化される。それどころではなくナチスなどのファシズム、独裁を公然と支持した。
パリ・コミューンの弾圧、1871年の出来事が象徴的。

歴史は繰り返す。
負の連鎖が切れるように、自分を叫ぶ事が大切だ。
本日は歴史の勉強と共にある絵でした。
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posted by 若菜 at 11:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私ルネサンスの予感

昨晩、夢をみた。普通のおばさんが言った。「あんたは時間をかけてじっくり描きな、よいものができる。素早さが自分の特徴だと思っているけど違うよ。」
で朝ふわふわとしながら絵をみて、その表面を見て、土の、地球の表面に刻むようなこの地肌の上の、やぶいて出てきた思い、重ねたものたちが混じり合い、私の中での狭く短い間なのですが融合というか、わたしルネサンスが起こるような予感が。空気をかけ、カビがはえ、風が吹く。ふかしてあてる。時の経過があり、四季が来て過ぎて、空間の層が積もる。雲間をはらえたような地層の表面に刻んだみたいに、絵の向こうがわにあるものが、私にこれから色々おしえてくれるだろうというあくまで予感が、しているのです。気のせいにしないようにこの気持ちを刻みます。
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posted by 若菜 at 08:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする