2015年09月17日

ただ、知ることをする

どんな単純な理解でもいい。知ることをしたい。
牧場の鉄条網はどんな風になっていて、どう牛を逃げられないようにするのか。木のあのうねうねした木はどんな種類だったのか。
牛の白い斑点が放射能によってできたりする異変があり、その模様はどんなだったのか、とか。
小屋はトタン屋根で、崩れやすく、ボランティアの人の雪の日の事故が多い、時には死亡事故もある、牛は角があってやはり危険、事故は自己責任になっている。馬はロバは、考えているより大きくて。一見で感じて一瞬で理解把握できる人がいるけれど、私はもんやりとドカーンと感覚で感じているから、まったく牧場のありようを理解していない。
切られた切り株、使わなくなった牛の乳をいれておくのはどんな風か、なんてつまんないことをわかりたい。
描いていて、気になった部分だけ抜粋。これをそのまま画面にはしないけどただ知ることをしたいと思った。
「社会としての福島の牧場という対象を、把握し描くことを通じて」と言っておいて「は。はあく。把握していないそういえば。」
吐いた言葉には責任があるという。こういうのを無責任という。

国会前行動に行けなくて「無責任」がよぎるけど、この画面に、今の許せない気持ちをぶちこみます。
雨の中行動しているみんなに、ぬれてもいいから私の絵を使ってください!また複製します、伝言でした。image-640f2.jpgimage-8b73f.jpg
posted by 若菜 at 10:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする