2015年09月06日

自然は私の妄想よりずっと激しい

昨日は野外で描く。
楢葉町の方々との交流を思いだし、5日の楢葉町の避難指示を解除の事も思い今、吠えるように描きたいのに、絵が追いつかない。圧倒的に今、黒白の強さが足りない。四枚並べすごく強くしたい、激しく飛びちらして体液をほとばしらせるみたいに、で壊して、そのやりとりをしたい。足りない。こんなものじゃない。
雨に降られる中描いていたら、いきなりさらに降りだし、かなり濡れました。
絵が、絵が・・泣!!家で恐るおそる見たら、まるで雨が描いてくれたかのようでした。さすが全体に降り注ぐ、ボツボツしたマチエール。豪雨は違いました。

自然は私の妄想よりずっと激しかった・・・

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posted by 若菜 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

線だけ

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昼は喫茶店で落書きする。
線だけの世界は、白黒メリハリなく、一個になって、楽だなと思う。
落書き子供でした。
posted by 若菜 at 14:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今朝の後光と「幾百千万の労働を継承」

今日の朝、後光が差したような、ありがたくなるような光が絵の中に。こんな自然の光が欲しい。
で、後光の白を出してみたくなり、そこに光を塗ってみた。
で、たつこと一時間。
あれ、濡れた貝殻を拾って、ポケットの中に入れ、乾いた貝殻にガッカリする感触だった。

土、下地の色に後光はあるのかもしれない。下地こそありがたい光のような原点をみた。削ろう。白を塗るから変なんだ。

第二次世界大戦で死んだ人の数だけ描いて、象徴とする人がいた。
全人類500万年の歴史の中で100人が戦争に関係し、死んでいる一説を見た。そんなことを思い浮かべる。
そして「幾百千万の労働を継承」して、生きる人を思う。
労働とは、人が自然に働きかけて、生産手段や生活手段などを作り出す活動のことの方。

宇宙観で労働を捉えるというけれど、今立つ土がはてなく続くことしか浮かばない。
うっすらとたくさんの働きかけを影送りするように、決まってないものがゆらゆらしてすぐに消えてなくなってしまうのを受けいれると、そこにすごく透明な世界がある。
そばに濁った川の流れがあり、その濁り水はたくさんの微生物を含んでいる。労働する細川さん、吉沢さんに後光が差している。
私の象徴って、こんな世界かもしれない。

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posted by 若菜 at 08:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする