2015年09月24日

私ルネサンスの予感

昨晩、夢をみた。普通のおばさんが言った。「あんたは時間をかけてじっくり描きな、よいものができる。素早さが自分の特徴だと思っているけど違うよ。」
で朝ふわふわとしながら絵をみて、その表面を見て、土の、地球の表面に刻むようなこの地肌の上の、やぶいて出てきた思い、重ねたものたちが混じり合い、私の中での狭く短い間なのですが融合というか、わたしルネサンスが起こるような予感が。空気をかけ、カビがはえ、風が吹く。ふかしてあてる。時の経過があり、四季が来て過ぎて、空間の層が積もる。雲間をはらえたような地層の表面に刻んだみたいに、絵の向こうがわにあるものが、私にこれから色々おしえてくれるだろうというあくまで予感が、しているのです。気のせいにしないようにこの気持ちを刻みます。
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posted by 若菜 at 08:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

自分のムード

暗い中描く。まじない、発見し、また描く。壁画みたいに下の要素が違う複数の面とまたがるところに描き、すごいと感動し、あら、それほどでもないやと朝は落胆。1人が2人いるみたいに分裂画法になってきました。

また、自分のムードとは、について考える。
外と内の中、自分の考え、発した言葉、含めたものすべてを発表する。まさに生き方、働きかけ方、そのものすべてをさらけ出す素っ裸な世界なんだと思う。 

自分の内面世界だけの絵と、リアリズム、外そのもの絵を思い我が振りをみる。どちらもあり働きかける自分がいて、偏らずに私ムードでありたい、が理想なのかと。私的に酔いすぎず、関わりあいながら探り、自問自答し他問自答しやっていく、ムード。

昨日の夜の牛は見た目は白い雪の中を立つ。負けるかと立つ。象徴の存在、出てくる。それがウシミー。一見わからない。じんわり出てくるのを意図しないでか隠し、出すを繰り返す。私はこの、細かい連続の象である牛も好きだし、大きな大胆なウシミーも好きだ。つなげる自由な牛も好き。なんとかこれらを、どうにかしたい。
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posted by 若菜 at 05:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月22日

小さな牛、大きなウシミー。

既存の頭が画面の流動の竜に巻きつかれて口から飛び出たみたいにユニークなかたちが必要だと思って、色、そこにあるもの、線を壊して一個にさせていく。牛をかりて。まだ下地の透明感をかりているにすぎないけど、下地の美しさは汚さないように活かしながら穴あきコラージュを空間発見していく。意識してないけど生からの造作をやっているんだと思う。それを大きな画面に持ち込むと、まだまだコラージュというには激しい画面に、牛が大人しい。昨日までの生牛を貼る。描いた生牛をあわせたら、黒い長い棒も貼っていき、面と貼りを馴染ませ浮き出ないようにしていたら、全体に大きな牛をみた。角が足りない気がして貼る、塗るを繰り返す。
するとスイミーが一つの巨大魚になって大きな敵を倒すように、大きな牛が出没した。
わぁ。ウシミー?
経過には発見がたくさんある。
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posted by 若菜 at 06:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする